【書評】「京大式DEEP THINKING」深く考える、を考えてみる

こんにちは、danskblomstです。

わたしは、基本考えることが大好きで、何かにつけ、いろいろ考えてしまいます。

例えば、お客さんに電話1本する場合でも、考えすぎてしまうため、「どう話したら、きちんと伝わるだろうか」とか、「こんなふうに断られたらどう切り返したらいいだろうか」とか余計なことまでああだこうだ考えてしまい、結局電話するのに、時間がかかってしまうのです。

そういう意味では、十分に考えたあとでないと行動には移せないし、行動を取った後でも、「あの話し方でよかったかな」「ああ話してたけど、どういう意味なのかな」とかいろいろまたああでもないこうでもないと考えてしまいます。

特にお客さんの問題解決に関しては、ベストな解答を導くにはかなりの時間を要し、家族構成やら家族関係やら金融資産やらいろんなことを把握するためにたくさんヒアリングして、それでも、簡単には「これがいいと思います!」というような提案もできず、またひとり悶々と考える、の繰り返しです。

そんな性格なので、この本をパッと見た時、すごく気になりました。

実際物事を考える時は、確かに考えるのは考えるのですが、「DEEP」の意味の通り深く深く考えることって、どういうことだろうと気になったのです。

著者川上浩司さんについて

京都大学デザイン学ユニット特定教授、博士(工学)。専門はシステムデザイン。
1964年島根県出身。京都大学工学部在学中に人工知能など「知識情報処理」について研究し、同修士課程修了後、岡山大学で助手を務めながら、博士号を取得。
その後、京都大学へ戻った際、恩師からの「これからは不便益の時代」の一言がきっかけで「不便がもたらす益=不便益」について本格的に研究を開始する。
不便益研究の一環として作成した「素数ものさし」(目盛りに素数のみが印字されたものさし)は、その特異性から話題を呼び、京都大学内のみでの発売にかかわらず、3万本以上の販売を記録している。
自動化が進み、とにかくより便利な方向へと進む時代の中、便利になったが故の映画意を工学的にアプローチして解決するため、「不便益」という視点から新たなシステムデザインの研究・作成に日々取り組んでいる。

効率化を優先したこの時代に、敢えて不便なことを推奨している。

すごく面白いと思いました。

わたしは基本めんどくさがりなんですが、例えば、車を使わずに、鈍行列車に乗ってゴトゴト揺られながら旅をするのはとても好きです。

不便だけど、田舎の大自然の景色を見ながら、のんびりと旅をするのは、心が満たされていきますよね。

不便であることが豊かにつながることもあるのであれば、少しこれから取り入れていきたいなぁと思いました。

深く考えるということ

筆者は、考えて出した結果ではなく、思考するプロセスそのものに価値があるものと考えます。

瞬時に正解を導き出したり、正しい判断を下すというような瞬発的な頭の良さ、ではなくて、物事を深く深く追求することで得られることのほうか大事だというのです。

そして、その工程で自分らしさが絞り出されてくるというのです

確かに、なにか新しいものを生みだしたり、今までと違うことをやろうとする為には、そのような思考が大事なんだと思います。

AIとの比較でも、人間が負けないところは、情報処理能力でも記憶力でもない、新しくものを生み出す力なのだと思います。

こうやっていろんなことを考えて、新しいものを創り出すことが、今後の世界でも必要になってきそうです。

わたしは、櫻田サロンというところで、物事をわかりやすく表現したいという思いから、図解を学んでいる(といっても、まだ追いかけるのに精一杯)のですが、サロンの主催者である櫻田潤さんは何かひとつのことを表現されるのにも、かなりの時間をとって、考えているようです。

そして、頭に浮かんできたものをラフスケッチし、それをパソコン等で清書するそうです。

最後の工程は、技術的なスキルが必要となりますが、それに至るまでの深い思考なしでは、全く何も描けないのです。

そして、これは考えたことのある人しか閃きませんし、考えたことのある人しか経験はできません

わたしはというと、まだそのような深い思考が出来ておらず、表面的なことばかりを考えている気がします。

ただ、最近このブログをはじめて以降、読書で得た知識が、バラバラに混在していたのに、少しずつ繋がるようになってきた気がします。

次に自分は何をしよう、とか、これがやりたい!というような想いも、徐々により具体的な形になりつつあるように感じます。

それは、私自身が、かなりずっと前から自分の人生をどう生きるかについて、考え考え考え抜いてきたから。

そして、それを考える際に助けになってくれた本達が、ブログでのアウトプットにより、更に考えを深めることに力を貸してくれているからです。

余談ですが、本書の感想を書くために、少なくとも4回は1冊まるごと読み返しています。

もちろん、一言一句読んでるわけでは無いですが、気になった箇所を読み直し、自分の感じたことと作者の言いたいことがちゃんと合ってるかとか、ブログの表現が本の内容とズレてないか、などをざっと確認しています。

これをするだけでも、以前はさらーーーっと読んで、あまり頭に入ってこなかった内容が、じわっと頭に染み付くようになってきました。

ものとの約束

本書を読んでいると、筆者のすごく独特な考えに触れることができます。

特に「ものとの約束」という考えが面白いです。

本書で出されている例は、メモをするための道具として適しているものは何か、ということですが、物理的に絶対的に裏切らない自然の法則を利用した「鉛筆」と、文字の入力方法をあらかじめ人間が設定した、「パソコン」が例として出されています。

筆者は、鉛筆のことを「物との約束」、パソコンのことを「人との約束」と呼んでいます。

鉛筆で書くことの善し悪しは別として、確かに、手書きで何かを記録すると、パソコンでメモする場合に比べて、頭に残ります。

以前の記事でも書いた通り、最近は手書きメモだけでなく、図や絵でメモをするので、より頭に残っています

手を動かすほど、脳と連動するような感覚があります。

グラフィックレコーディングが頭の整理にぴったりだなぁと思ったのも、間違いなくこの「物との約束」である手書きのおかげだと思います。

不便益と引き算

著者は、「不便なことで得られる豊かさ」を今後広めていきたいそうで、「不便益」と呼んでいるそうです。

日本のメーカーなどは、便利を追求しすぎて、ガラケーにしても、家電にしても、いろんな機能を追加してきました。

でも、結局それらは世界で受け入れられることなく、廃れていく結果となりました。

足し算よりも引き算をすることで、新しい不便が生まれ、その不便が新しい価値を創造する。

それがこれからのスタンダードのようです。

ただ、シンプルで直観的なiPhoneが、本当に引き算だけかというと甚だ疑問です。

iPhoneは、外見はシンプルだけど、中身のアプリの種類は数え切れないほどの種類があり、さまざまな情報に溢れすぎています。

すぐに気になる情報が調べられるようになり、便利にはなりましたが、より考える機会を失っているように思います。

仮に不便益が本当の豊かさを生み出すとすれば、iPhoneではなく、大量の本の中から最適な本を探し、紙と鉛筆でああでもないこうでもない、と考えることが、本当の豊かさなのではないでしょうか。

だとすると、一番豊かな時代って、何もなかった原始時代とかなのかなぁと思ったり。

そもそも、豊かの定義っていったい何なんでしょうね。

・・・・・・

まだまだ考えることはたくさんあります。

さて、わたしも著者に乗せられて、またここでぐるぐる考えてしまいましたが、やっぱりぐるぐる考えるのは楽しい

もっともっと考えて深みにハマっていこうと思います笑。